高田慈昭和上ご往生

去る平成30年8月23日(木)、本願寺派司教、高田慈昭和上が89歳を一期とされ、ご往生されました。

当山に於きましては、半世紀以上の長きに亘るご出講をいただき、今年11月16日の常例法座にもご縁をいただくこととなっておりました。行信教校にて深められた教義教学を基にブラジル開教における様々なエピソードなど硬軟入り混じったお取り次ぎは高田和上の妙でありました。賜りましたお育てを喜び、お念仏申させていただきます。

尚、11月16日の常例法座には濱畑慧憭師にご出講いただきます。合掌

梯實圓和上ご往生

梯先生

去る平成26年5月7日(水)、本願寺派勧学、梯實圓和上が行年88歳を一期とされ、ご往生されました。

当山に於きましては、半世紀以上の長きに亘るご出講をいただき、去年7月16日の常例法座が最後のご縁となりました。和上にお出遇いした有り難いご縁を喜びますとともに、賜りましたお育てと深いご恩にただただお念仏するばかりです。合掌

梯實圓和上の揮毫

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これまで妙光寺ではしておらなかった慣習ではありますが、今月よりご出講いただいた先生方にご記帳をお願いすることに致しました。

今月の常例法座のご講師でありました梯實圓和上に始めのご記帳をいただくとともに、【澍法雨】との題字を揮毫していただきました。『仏説無量寿経』巻上序分にある法の雨をそそぐとの意のご法語です。

いただいた題字とともに、法の雨をそそぐような法座や自身の生き方を心掛けなさいとの和上の願いをいただいたのだと有り難く思っております。合掌

7月2日

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今日7月2日は4年前に還浄致しました前住職の誕生日です。健在であれば68歳、まだまだ元気にご活躍の方も多い年齢です。

仏法では老少不定と申しますが、改めて「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」と云う蓮如上人のお言葉を深く味わわせていただくことです。

先日、法顕の「ただ骨のみぞ標とするのみ」と云うお言葉を聞かせていただきました。中国から当時、お釈迦様の経典を求めて道なき砂漠をインドに旅した法顕は、自分の先を歩み、行き倒れ、骨となって砂に埋もれた先人たちが道標となってインドに辿り着き、中国に経典を持ち帰った人です。

先人の骨が道標となる。思えばこの4年間、前住職である父が還浄したからこそいただいた様々な縁の催しがありました。何とも有り難いことです。合掌

本尊阿弥陀如来のおはなし

妙光寺の阿弥陀如来像にはある言い伝えがあります。

尼崎2代藩主青山播磨守はある日、海に船を出しておりました。

その際、嵐に遭い、船は沖へ沖へと押し流され、治まったころには夜深く、自分たちではどうすることもできませんでした。

その時、青山播磨守ははるか遠くに一筋の光を認め、これを目印に何とか岸にたどり着くことができたのです。

青山播磨守は家来とともに無事を喜び、なおも光がさす方へと向かいました。

やがて土の中より輝く光を認め、すぐにその地を掘らせたところ、土の中深くから1体の阿弥陀如来像が現れたというのです。

後の1711年(正徳元年)青山播磨守は尼崎から信州飯山城へ国替えとなり、その際、阿弥陀如来像を妙光寺へ寄贈していただいたと伝わっております。

そのため、阿弥陀如来像の背部には青山播磨守寄贈の記とともに掘り出された際についた鍬の傷跡がくっきりと残っております。合掌